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「髭猿の写真帳U」に中華街の事を少し書いた。 その中で、戦前は「南京町」と呼ばれていたこと、そして、この言葉は一部差別的な意味合いもあって、戦後「横浜中華街」と改名された。 「南京町」という言葉は、懐かしさこそあれ、差別的意味合いがあったとは知らなかった。 寄せられたコメントの中に、小さい頃「チャンまち」と呼んでいたと言うのがあったが、これは完全に差別言葉である。 人種に間する差別言葉は、何処の国にも必ずと言っていいほど有るようだ。 日本も例外でなく、アメリカに対する「●ンキー」、中国人に対する「●ャン」、韓国、朝鮮に対する「●ョン」、有色人種に対する「●ロンボ」「●グロ」、「黒人」は「黒人社会では」などと使われるが、差別用語だろうか。 差別用語は、その国に対する恐怖感、侮蔑感、優勢意識、などから生まれてくるのだろう。 当然、そのような言葉は使うべきでないのだが、日常的に無意識に使われることも有るようだ。 注意され、初めて「そんな意味があったの」と驚く人がいる。 よくある例が、「バカチョンカメラ」。 誰がこんな言葉を使い出したのか不明だが、戦前生まれの人だろうか。 そして、この言葉が一人歩きをし、当然のように使われているのも恐いことである。 意味は上記事から判断して欲しい。 身体に関する差別用語も多い。 いまは、身体障害者、社会不適応者、などと言われるようになってきたが、日常では相変わらず使われている。 足を痛めた時など、家族の者から「●っこを引いているけれど大丈夫?」と言われることがある。 不自由さを言葉で表わす過程で生まれた言葉かも知れないが、身内で使われる分にはその意味合いなのだろう、しかし他人に使われると差別用語として扱われる。 ここでそれらの言葉を、列記することはしたくないが、行き過ぎかなと感じることもある。 「案山子(かかし)」が身体障害者を、蔑視するものだと問題になったことがあった。 それを立てた人達は、そんなことを思っていないはずで、単に鳥よけとしてつかっていると思うし、見る方もそうは思っていないだろう。 自主規制か、めっきり案山子が少なくなった。 農村風景など、案山子があると趣があっていい物なのだが、恐ろしい時代である。 小説などでも、表現の自由とかで規制されるならと、筆を折った作家もいましたっけ。 昔の映画にも、断りのキャプションが出たりする。 やにくもにあれはいけない、これはいけないと批判するのは簡単だが、心情の描写で必要なこともあるだろうし、差別言葉とは難しい存在である。 ただ、個人攻撃になるような使い方だけは、避けたいと思う。 |
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髭猿先生こんにちは |
しるばぁ 2006/10/06 14:00 |
こんばんは、しるばぁさん。 |
髭猿 2006/10/06 22:54 |
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