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今企業の間で後継者がいなくて困っているようだ。 職人と言っても、個人で独立するケースと、企業内で職人となるケースがある。 今回は企業内職人についてだが、機械化、コンピューター化されたとは言え、業種によっては人間の技を必要とする物が沢山ある。 その職人がいなければ、企業の信頼を維持できない、設計された物を商品化できない、注文主のニーズに答えられない、等々有るわけで。 団塊の世代の企業内職人達が、日本の発展を支えて来たとも言える。 そして、その人達が、定年の時期を迎える。 後継者を育てなかった、企業にも責任が有るだろうが、機械加工にしろ、造船などの溶接技術、果ては、プロスポーツ選手の用具、装備類に至るまで、築き上げてきた、技術の継承者がいなくて困っているとか。 結果、人材をも中国に求め、技術の伝承を中国人に伝えると言う現象が起きてきた。 指導する人間は 「出来たら、日本の青年に教え、日本人に受け継いで欲しいのだけれど、時代だね」と半ば諦めの状態が進行している。 色々な技術が海外に流出、そしてついに、根幹となる職人技まで流出していく時代になってしまった。 技術は、身体で覚えるまでに時間がかかる。 我慢も、工夫も必要になる。 決して綺麗な仕事ではない。 が、 有る段階に来ると、その仕事が面白く生き甲斐となってくるほどの、魅力が出来てくるはずである。 そこが職人としての楽しさでもあり、他の人には出来ないという誇りとなるわけだ。 教室の若者が、職人という呼び方が時代に合わないと言う。 なら、呼び名は何とでも変えればいい、プロフェッショナルでもマスターでもエキスパートでもなんでもいい。 やりもしないで、あんな仕事はいやだとか、汚れるとか、我慢できない、かったるいと言うが、 TVゲームに費やす時間、指先の感覚、画面を見つめる観察力、ゲームクリアーのための工夫、そしてやり続ける忍耐を、自分の将来のため職人技の習得に使ってもらえたら、その人の未来は明るいと思うのだが。 現に、コック修行で下働きに耐えている若者も沢山いるのだから、メカ好きの若者達も、頑張って欲しい物である。 物作りの楽しさは、個人でやっても、企業内にいても、やった人間にしか解らない。 時代の流行や、目新しさに惑わされないで、広く世を見渡せば、自分を生かせる物作りはいくらでもある。 自分のためにも、日本のためにも、やってやろうと言う若者が増えるとよいのだが・・・・・・・・・・・。 |
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