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この記事を書くきっかけになったのが、けいさんのBlog「恵の花日記」の記事梅雨の谷間 だったのです。 この記事の写真を見て、植木鉢で作った人形の存在感と、それを作った人の気持ちを考え、作ると言う楽しさを痛切に感じました。 青年期、まだ技術の学びの時でした。 今思うと、無我夢中で技術の習得に励んでいたように思います。 怖いもの知らず、失敗と成功の繰り返し、一端のデザイナー気分、ある意味で天狗。 元々作ることは何でも好きでしたから、楽しい時代でした。 若さの勢いで教室も始めました。 中年になり、仕事としての作り。 器用さでこなして、仕事も増え、ひたすら作り続ける毎日。 まだ夢があり、仕事との狭間で、欲求不満がつのるばかり。 壮年になり、失敗の許されない年代。 少し大人になり、物作りって何か考えるようになってきたが、生活に追われ相変わらずの忙しさ。 夢はとっくに諦め、計算尽くの仕事。 かろうじて残っていたのが、よりよく作ろうという気持ち。 そして老年、仕事としての作りは一段落。 好きなものを作れる時代(本来ならば)。 現実は、仕事から解放され、一種の虚脱感。 作りたさ半分、何もしたくない気持ち半分。 好みも変わってきた。 仕事の影響もあるだろう、今まではキッチリとした隙のない作りを良しとしてきた。 技術優先の作り。 それが、雰囲気、楽しさ、暖かさ優先に変わってきた。 技術なんて、未熟で良いと思えてきた。 心を込めて作れば、楽しいと思って作れば、それでいい。 上手いと言われるより、楽しいと言われたい。 凄いと言われるより、優しいと言われたい。 流石と言われるより、面白いと言われたい。 あの、けいさんのブログの写真、このすべてが含まれている気がする。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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味のある作品って、はっきりいってそれほどの技術がなくても(誰でも)ちょっとしたセンスと楽しむ心があれば作れるのでは? |
あんこ 2005/07/07 21:34 |
けいさんの植木鉢のお人形さんカワイイですねぇ。指輪物語の小さい人みたい。髭猿先生、こんなメルヘンチックな画でここまで深く考えちゃうなんてちょっとナーバスになっているのでは? |
銀の夢 2005/07/08 14:22 |
あんこさん、銀の夢さん暖かい言葉ありがとう。 |
髭猿 2005/07/08 21:02 |
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