|
色々な職業があって、色々な人にあって、”らしさ” を感じられる人がいる。 いかにもスポーツをやっていそうな人。 一目でデザイナーかなとか、そういう関係の人かなという人。 商店のおやじさんらしい人。 どう見ても、フリーターだなと感じる人。 どこかの営業マン、うだつがあがらなそうな人、やり手そうな人。 水商売や、やくざ。 中にはそのような人に憧れ、なりきろうとする人もいる。 其の人の仕事に生きがいを感じている人は、意識しなくても、全身から”らしさ”が出てくるのだろう。 社会は、その”らしさ”で其の人を判断したり、差別、区分けをする。 自分からそれを前面に出しアッピールする人と、業種によっては隠そうとする人もいるわけで、 どちらが良くて、どちらが悪いと言う問題ではないし、批判する理由もない。 それで希望がかなったり、商売がうまくいけば、それにこしたことはないだろうから。 ただ、私個人のことと考えると、引っ掛かる物が有る。 他人と話していると「やっぱりねー、芸術家らしいわ、」と言われ、気恥ずかしい思いをする事や、 「そうみられるのかー」と苦笑する事がたびたび有る。 相手は社交辞令をこめて言っているのだろう。 自分でもそう思っていれば嬉しいのだろうが、そうでなければ、嫌なもんです。 自分の事は自分が一番良く知っている訳で、芸術家と言う言葉はどうしても馴染めない。 職人と言う言葉が好きで、事有るごとにそう言っているのだが、これが中々。 教室をやっている以上、先生と呼ばれる事もしょうがないのだろうが、これも未だに馴染めない。 長年言われ続け、慣れてきたことは事実だが、立場を意識する上で必要なのだろうか。 ただの平凡な、人の良いおっさんでいたいと思う。 この歳になって、少しでもそれに近づけば、嬉しいのだが。 |
| << 前記事(2005/06/07) | トップへ | 後記事(2005/06/11)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
難しい注文です |
seiko 2005/06/10 16:59 |
そうだね 誰に対しても、昔より手を出さなくなったかもね。 |
髭猿 2005/06/11 13:29 |
| << 前記事(2005/06/07) | トップへ | 後記事(2005/06/11)>> |