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退院後、しばらくして教室を再開しました。 殆ど欠ける人もなく、皆、以前と同じようにきてくれました。 嬉しかったですね、感謝以外の何者でも有りません。 仕事は、瞬く間に元に戻ってしまい、徹夜の連続が続くようになりました。 教室の生徒さんにアルバイトで来てもらい、仕事を手伝ってもらった事もありましたが。 肝心な所は自分でやらねばならず、能率を上げるにはどうしたら好いか悩んだ時期でした。 リューターをいかに使いこなすか、治具、道具をどれだけ能率良い物に作り変えられるか、 こんな事しか有りません。 一人でやる仕事には限界があり、あとは、仕事を減らすしかありませんが、仕事を断る事には、 勇気が要ります。 仕事が他の人に行き、来なくなる可能性があるからです。 この頃自戒としていたのは前述に加えて、「より良くなるように、考え作れ」と言う言葉です。 一番忙しい時で、4社のメーカーの仕事をしていましたが、52歳の時今度は心臓に痛みを感じて、 2度入院。 教室の生徒さんたちも心配してくれ、もう力仕事はさせられないと、皆で線引きの機械をプレゼントしてくれました。 ここでも、皆に心配をかけてしまいました。 ただただ、感謝有るのみ。 バブル崩壊と共に、徐々に原型の仕事も変化してきました。 簡単な物、主力でない物は、人件費の安い韓国の職人さんに作らせるようになったからです。 日本人の感覚で無ければいけないものと、開発の時から係わった、一点留めというメーカーが特許を持っている物だけが、来るようになり、以前ほど忙しくはなくなりました。 これから原型をやろうと言う人のために、一言。 韓国の職人が増えてきたり、その内中国、東南アジアの人達がどんどん入ってきます、 コンピューター化されもして来ました。 その上、熟練した原型製作者はどんどん減ってきています。 ですが、日本人の感覚で作れる人も必要とされています。 自営としてやる宝飾品の原型は、それなりの勉強と、熟達、それにスピードが必要で中々難しいものですが、需要はあります。 シルバーアクセのように、イメージ主体の原型から入るのも手かもしれませんが、 これとて、安定した収入を得るには、メーカーとのめぐり合いが、重要です。 チャンスはどこに有るかわかりません、今は技術も大切ですが、より感覚を必要とされる時代です。 宝飾原型はあっさりあきらめて、作家になったほうが好いかも知れません。 それと、胃の痛みに耐えられない人は、個人で請け負う原型屋には成れません。 その意味は、やってみればわかります。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
>髭猿殿 |
mko1961 2005/02/10 11:15 |
コメント有難う御座います。 |
髭猿 2005/02/17 21:16 |
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