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小学校の頃(昭和26年〜32年)、学校の講堂でよく映画鑑賞がありました。 モノクロの邦画ばかりで、 ”おらあ三太だ” ”次郎物語” ”安寿と厨子王” "のんちゃん雲に乗る” などは覚えています。 ”おらあ三太だ”の主人公は 建物探訪の渡辺篤の小さい時だと、 思ったのですが、違うかな。 ”24の瞳”は学校だか、映画館だかハッキリしない。 日活は”不良の見るものだから”と、見せてもらえなかった。 東映は良く行きました。 ”笛吹き童子” ”紅孔雀” "南総里見八犬伝” ”怪人二十面相” ”鞍馬天狗” ”丹下左膳”などみんなシリーズ物でした。 片岡千恵蔵の「あるときは片目の運転手、又有る時は・・・・・・そしてその実態は・・・・」 年を取りたくないね、定番の名前を忘れてしまった。 誰か教えて (^^;) m(_"_)m ”自雷也”(字はこれでよかったのかな)は、蛇、蛙、なめくじの三すくみ忍者映画。 その他沢山、よく見ました。 大映だと思うけど、入江貴子の怪猫シリーズ、猫が化けて出て来る奴。 これは 怖かった、帽子で目を隠し、見ないようにしていました。 怪談物が多かったような気がします。”お岩さんや番町皿屋敷” 皆怖かった。〜〜((((((>_<) 松竹は青春物が多く、あまり見なかった。 東宝の"ゴジラ”昭和29年ですから、今思うとたいした物です。日劇の前に大きな看板がありました。 いよいよゴジラも最後の映画が出来ますね。50年も続くなんて感無量。 年末にはどこも忠臣蔵、各社オールスターでした。 \(^ロ^\)(/^ロ^)/ 銀座みゆき橋の下にみゆき座が有り、ニュース映画と数本の外国アニメ”ミッキ-マウス、ポパイ、 ブロンディ”をやっていた、ニュース映画専門館がありました。 「パラマウントニュース、竹脇(昌作?)でした。」が、学校でもまねされました。 入場料は30円だったと思います。 遥か昔、少年期の血湧き肉躍らされた、懐かしい思い出です。 "d(-_-) |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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小生が、子供の頃の映画で最初に思い出すのは、夏の夜の野外映画会です。夏休みに一回だったと思います。その夜は何処の家も夕食を早く済ませ、各々敷物を持って小学校の校庭に集まり、子供も大人も一緒に楽しみました。二本に旗竿に張った映写幕は風に揺れて見にくかったのですが、大人向けの恋愛物の抱擁シーンには、酒の入った、おじさんおばさんが囃し立てたりして・・・お祭りと並んで、部落中が楽しむ一夜でした。 |
H-zii 2004/12/13 21:35 |
飛孤爺さんのお陰で、思い出しました。 |
髭猿 2004/12/14 11:31 |
おらあさんただ。之さんた旅館が神奈川県の津久井湖に注ぐ道志川沿いにあった. |
tosizatosi 2005/02/16 11:18 |
”おらあさんただ”の話をしても最近知っている人がいないようです。 |
髭猿 2005/02/17 21:26 |
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