髭猿

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help リーダーに追加 RSS あの頃見た映画(邦画編)

<<   作成日時 : 2004/12/13 17:54   >>

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小学校の頃(昭和26年〜32年)、学校の講堂でよく映画鑑賞がありました。
モノクロの邦画ばかりで、
”おらあ三太だ” ”次郎物語” ”安寿と厨子王” "のんちゃん雲に乗る”
などは覚えています。 ”おらあ三太だ”の主人公は 建物探訪の渡辺篤の小さい時だと、
思ったのですが、違うかな。
”24の瞳”は学校だか、映画館だかハッキリしない。
日活は”不良の見るものだから”と、見せてもらえなかった。

東映は良く行きました。
”笛吹き童子” ”紅孔雀” "南総里見八犬伝” ”怪人二十面相” ”鞍馬天狗” ”丹下左膳”などみんなシリーズ物でした。
片岡千恵蔵の「あるときは片目の運転手、又有る時は・・・・・・そしてその実態は・・・・」
年を取りたくないね、定番の名前を忘れてしまった。 誰か教えて (^^;) m(_"_)m
”自雷也”(字はこれでよかったのかな)は、蛇、蛙、なめくじの三すくみ忍者映画。
その他沢山、よく見ました。
大映だと思うけど、入江貴子の怪猫シリーズ、猫が化けて出て来る奴。
これは 怖かった、帽子で目を隠し、見ないようにしていました。
怪談物が多かったような気がします。”お岩さんや番町皿屋敷” 皆怖かった。〜〜((((((>_<)
松竹は青春物が多く、あまり見なかった。
東宝の"ゴジラ”昭和29年ですから、今思うとたいした物です。日劇の前に大きな看板がありました。
いよいよゴジラも最後の映画が出来ますね。50年も続くなんて感無量。
年末にはどこも忠臣蔵、各社オールスターでした。 \(^ロ^\)(/^ロ^)/

銀座みゆき橋の下にみゆき座が有り、ニュース映画と数本の外国アニメ”ミッキ-マウス、ポパイ、
ブロンディ”をやっていた、ニュース映画専門館がありました。
「パラマウントニュース、竹脇(昌作?)でした。」が、学校でもまねされました。
入場料は30円だったと思います。

遥か昔、少年期の血湧き肉躍らされた、懐かしい思い出です。 "d(-_-)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
小生が、子供の頃の映画で最初に思い出すのは、夏の夜の野外映画会です。夏休みに一回だったと思います。その夜は何処の家も夕食を早く済ませ、各々敷物を持って小学校の校庭に集まり、子供も大人も一緒に楽しみました。二本に旗竿に張った映写幕は風に揺れて見にくかったのですが、大人向けの恋愛物の抱擁シーンには、酒の入った、おじさんおばさんが囃し立てたりして・・・お祭りと並んで、部落中が楽しむ一夜でした。
H-zii
2004/12/13 21:35
飛孤爺さんのお陰で、思い出しました。
小学校の頃、毎年夏の一ヶ月間外房の上総興津と言う小さな漁村に、預けられていましたが、そこの浜で同じ経験をしました。
映画の内容は覚えていません。
後年、興津に行った折、海岸に出てみたら浜が消えていました。
防波堤を作った所、海流が変わり、砂浜が無くなってしまったそうです。
時代と共に、色んな物が消えていくのですね。
髭猿
2004/12/14 11:31
おらあさんただ。之さんた旅館が神奈川県の津久井湖に注ぐ道志川沿いにあった.
日帰りの川遊びに良い所です。子供が小さかった頃今から15年前ですから,最近どうなって要るのか分かりません.
tosizatosi
2005/02/16 11:18
”おらあさんただ”の話をしても最近知っている人がいないようです。
津久井湖は以前よく通りましたが、知りませんでした。
何かの機会があったら、いってみます。
髭猿
2005/02/17 21:26

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