髭猿

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help リーダーに追加 RSS 仏像を作っていた頃(その1)

<<   作成日時 : 2004/12/23 22:02   >>

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そもそも 彫金を始める気は無かったのです。
昔から、仏像に興味を持っていて、仏師になりたいと言う希望は、ずっと持っていました。
ただ諸般の事情から、仏像では中々食えないと言う事は、感じていました。
そこに彫金教室の情報があり、彫金でも仏像は作れるかな、と言う妥協から、この道に入ったわけなんですね。
今思うと、いい加減な物だったと思います。
たまたま彫金に触れる機会が、一番早かったと言う事で、染色であっても、漆であっても、作る事なら何でも良かったのです。

ある時、”仏像彫刻のすすめ”と言う本に出会い、巻末に、通信教室も有ることが書いてあり、それまで眠っていた感情がむくむくと湧き上がってきました。
”松下宗淋、朋淋”と言う親子の京仏師が、その本の著者であり、教師でも有ったのです。
まだ彫金の仕事がさほど無い頃でしたので、時間は沢山有りました。
それからは、その本を穴の開くほど見つめ、1枚1枚の写真から読み取れる情報を取りまくりました。
自由になるお金も殆ど無かったので、細かい彫刻刀は彫金の技術を応用、ピアノ線やロット棒を叩いて焼き入れ、砥石で研いで作り、鑿もちゃんとした物は高価なので、日曜大工の店で安いものを買い、焼きなまし変形させ、丸鑿や写真に有った曲がり鑿に作り変えました。
この辺は、機械科卒の強み、鉄の事はだいたいの知識を持っていましたので、刃物に使える鉄の事には困りませんでした。
探すと身の回りにも沢山有る物です。

木材は、住宅の建築現場に行き、檜の柱の切れ端を貰ってきたり、友人達に”仏像を始めたぞ”と
言いまわると、桂、桜、梅、いちい、いちょう、つげ、楠木、アイヌ彫刻に使うえりま木など色々持ってきてくれました。
中には硬すぎて仏像には向かない物もありましたし、どれも切れ端ですが、これで十分でした。
その頃、東北で牧場をやっていた友人は、樹径45センチもある桂の木の丸太を、チェーンソー持参で運んできてくれました。
その丸太の一部は、今教室の木台になっています。
ほんとうに、友人とは有り難いものです。
髭猿の人生を考えてみると、友人に助けられた事の何と多かった事か。
感謝 感謝。
それに対して髭猿は、その友人達に何をしてやれたかな。
疑問、反省。

以下 次回。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
Merry★Christmasですねー!
お久しぶりです。ご無沙汰してしまいました。
年末だというのに、入院していたものでHPへの書き込みのお礼も
遅くなってしまいすみませんでした。

私も昔から、仏像に興味を持っていてお寺巡りとかが大好きです。
髭猿さまの作った仏像を一度拝見したいです^^
友人。本当に私も沢山の友人に助けられています。
それに対して何が出来るのか・・・。
友人の喜ぶ笑顔を見れたらと、日頃から考えてます。
反省の方が大きいですが。
GIN@玲。
2004/12/24 11:56
お久し振りです。
退院おめでとう。
これからは、あせらず人生を楽しんでください。
来年は、良い年になりそうですね。
5キロダウン頑張って下さい。
髭猿
2004/12/24 12:56

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