髭猿

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help リーダーに追加 RSS 音楽(楽器)とのかかわり & 彫金(道具を作る)

<<   作成日時 : 2004/11/24 14:29   >>

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小学校時代は、ご多分にもれず宮田バンドのハーモニカを、何時も持ち歩いていました。

中学になると、ブラスバンドに入り、クラリネットを吹いていましたが、この時の音楽の先生が、
まったく指導してくれず、先輩に教わり、自分達で練習をしました。
それでも、ラジオの"子供音楽コンクール”にも出ましたが、今思うとひどい音だった様に思います。
朝礼の校歌と行進は、ブラバンの生だったので、HRにはいつも遅れてOKでした。
この頃は よく行進曲を聞いていました。

横浜に移転、西口近くの高校では、吹奏楽部とオーケストラ部に入り、初めクラでしたが、
途中からテナーサックスに変わり、授業外では殆ど音楽室に入り浸っていました。
楽器としてのちゃんとした奏法はこの時に学びました。
学園祭では、管楽器の何人かでスイングジャズバンドを作り、
まだエレキギターが一般的ではなかったので、人気が有り 何時もとりを取っていました。
この頃は クラシック音楽ばかり聞いていました。
受験に追われる頃、部活から離れるので、フラメンコギターを友人から安く買い、
30代終わり頃まで弾いていましたが、彫金の仕事で指を怪我して、弾けなくなり、
ギターもあきらめる事になりました。

大学時代は自動車部に入り楽器はギターをひいていました。
この頃は フォークソングの始まりの頃だったので よく聞きました。

サラリーマン時代は 会社の先輩でフラメンコをやっている人がいて、本格的に何度か、
習いに行きましたし、給料の半分をはたいて 待望のハンドメイドのギターを買う事が出来、
夢中になっていた頃です。

娘が中学で吹奏楽部に入ったのがきっかけで、PTAバンドが作られ、それに参加、
楽器はクラリネットでしたが、数年後にトロンボーンに変わりました。
それまで、楽譜はすべてト音記号だったので、ヘ音記号に変わり苦労しました。

その後 娘が髭猿と同じ高校に入り、同じ音楽部に入ったので、その時の親の気持、
わかるでしょう・・・・・・・・・・!!!!。

こんなわけで、我が家には今でも ギター、クラリネット、トロンボーン、娘の最初のフルートが、
有ります。
でも 最近はまったく楽器を手にする事がなくなりました。
たまには吹いてみようかと思うのですが、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

彫金
道具は必要に応じて作る。
スイスの時計学校では、入学するとまず道具作りから始めるそうです。
彫金に限らず、もの作りには道具の良し悪しでそのできも違ってきます。
市販の道具にには、基本的なものしか有りませんから、状況に応じた物は作るしかありません。
その為には、何時でもすぐ作れるように、未加工の やっとこや、鏨を手許に置いておく必要があります。
工夫すれば、リュウーターの切れなくなったカッターや、ピアノ線、廃棄処分にする、
ガスコンロや、電気器具の中のパーツにも、使えそうな部品は沢山有ります。
生徒さんたちに、必要に応じて道具を作りなさいといっても、”どう作っていいか解からない”
と言う、答えが返って来ます。
自分が今どうしたいか、どう作りたいかを十分理解していれば、どういう道具が必要か、
解かると思うのですが、それが中々理解できないらしい。
道具の作りなれもあるかと思います。 道具を作る事を難しく考えすぎ、つい手が出ない。
やってみれば、簡単に出来て、作品作りも効率的に、正確に出来るようになるのだけど。
以下次回。

日誌
生徒の個展に行ってきました。
メインになる生徒の個展に、相乗りの形で教室の人と、友人が出展していましたが、
若い人達の彫金だけでなく、ビーズや編み物、陶器、ペット服などの作品もあり、
とても楽しい雰囲気でした。
PONTA君の洋服を注文して来ました。

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