髭猿

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zoom RSS あの頃の話(模型への憧憬)

<<   作成日時 : 2004/10/24 20:59   >>

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東銀座6丁目に住んでいましたから、小学校に行くには みゆき通りを真っ直ぐ
有楽町方面に歩いていけば、一本道で校門の前に出ました。

放課後の帰り道は 色々なルートを取っての寄り道が常でしたが、一番のお気に入りは、
校門を出て左、左、と行くと阪急デパートのある数寄屋橋交差点にでます。
この交差点は 小学2年の時、ハイヤーに引かれた忘れられない所ですが、
ここを通る道路が 晴海通りで、2軸の都電が走っていました。
この交差点を渡りながら有楽町の高架を見ると、時々SLが通り 足を止め見入る事もありました。

渡りきったら 4丁目方向にしばらく歩いた所に、銀座天賞堂があります。
当時木造2階建で、一階が時計とアクセサリーの店、 店内左奥の木製の階段を上がっていくと、
エンジン飛行機の燃料の匂いが段々強くなり、昇りきった所は 夢の世界です。

正面に大きなHOゲージの常設レイアウトが有り、アメリカ型のディーゼル機関車が
沢山の客車や貨車を牽いて、鉄橋や山の間を走っていましたし、
階段すぐ横のショウケースには、エンジン飛行機の部品が有り、その天井には沢山のUコン機が、
吊るされていました。
晴海通りに面した窓際のショウケースは、鉄道模型の部品と、これまた沢山の機関車 客車。
中央のショウケースには 望遠鏡や外人相手なのか、立体カメラやそのスライド写真が
所狭しと並んでいました。
HOレイアウトに向かい右奥に小さな作業場があり、レイアウト作りや
模型飛行機の調整をしていて これぞ 憧れの一角でした。

どれもこれも 欲しい物ばかりでしたが、 貧乏人の小学生に買える物はありませんでした。

(写真の本は 中学生になってやっと買った1958年1月号です。 お年玉で買ったのか 
130円でしたが とても高価に感じました。)

暇な時はいつも通い、日がな一日眺めていた、思いで深い所です。

ここが 私の 模型を始める原点であり、聖地であり、憧憬の場所でした。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
小生、模型歴は、小中学生の「人並みに通る道」程度ですが、
たしか「模型とラジオ」と言う雑誌をとっており、それなりに
「何かやらかして!」おりました。
ご同輩の「髭猿、模型シリーズ」おおいに期待しております!!!!!
H-zii
2004/10/24 23:27
・・・・
・・・・
2005/02/23 16:26

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